十六の頃の俺は、
新橋の駅前に立っていた。
スーツ姿の大人たちが吐き出される改札の外、
ネオンと排気ガスと酒の匂いが渦を巻く烏森口。
「お兄さん、ちょっと寄っていきませんか」
声はもう、半ば反射だった。
誰に教わったわけでもない。
生きるために覚えた“言葉”だった。
誘うのは大人の世界。
けれど、立っている俺はまだ制服も脱ぎきれない年齢だった。
警察の影を気にしながら、
同業の年上たちと目配せしながら、
俺はただ“その夜”をやり過ごすために立っていた。
昼間は学生、
夜は街の部品。
大人にもなりきれず、
子供にも戻れない。
宙ぶらりんの場所に、俺はいた。
その日も、いつもと同じ平日だった。
最初は、笑い声が溢れていた。
仕事を終えたサラリーマンたちが、
ネクタイを緩め、無防備な顔で街に流れ込む。
誰かが酔って肩を抱き、
誰かが愚痴をこぼし、
誰かが今日の勝ちと負けを語る。
だけど、終電の時間が近づくにつれ、
街は少しずつ“夢”をしまい始める。
一本、また一本と、
人の流れが消えていく。
シャッターの閉まる音が、
やけに大きく響くようになった頃――
烏森口は、まるで嘘のように静かになった。
残っているのは、
まだ帰れない人間と、
もう帰る場所のない人間だけ。
街灯に照らされたアスファルトだけが、
白く、冷たく光っていた。
その夜、俺は――
十七歳になった。
誰にも言わなかった。
祝ってくれる相手も、特別な場所もなかった。
スマホの画面に、
日付が変わった表示が出るのを、
ただぼんやりと眺めていた。
「十七歳、か……」
声に出してみたけれど、
実感はまるでなかった。
大人に一歩近づいたのか、
それとも、ただ一歩遠ざかっただけなのか。
誰も教えてくれない。
街は静まり返り、
風だけが、俺の足元をすり抜けていく。
その瞬間、ふと、胸の奥に奇妙な感情が湧いた。
――俺は、どこへ向かっているんだろう。
怖さとも、期待ともつかない、
名前のつかない感情だった。
十六の俺は、
未来のことなど考えられなかった。
今日をどう生き延びるか。
それだけで、精一杯だった。
けれど、
この“十七に変わる夜”だけは、
なぜか違っていた。
誰もいない駅前で、
俺は初めて、
「このままじゃ、終われない」
そう、小さく思った。
理由なんてなかった。
希望も、根拠もなかった。
ただ、
この暗い駅前で年を重ねていく自分だけは、
なぜか許せなかった。
やがて、始発前の白んだ空が、
ビルの隙間から滲み始めた。
夜と朝の境目。
街が再び、
“真面目な顔”に戻っていく時間。
その薄い朝焼けの中で、
俺はそっと、深く息を吸った。
十七歳の最初の呼吸だった。
この夜に、誰も拍手をくれなかった。
ケーキも、プレゼントもなかった。
けれど確かに――
俺は、この街で、年を一つ重ねた。
それが、
俺の「物語の始まり」だった。
