2.烏森口、十七の夜

十六の頃の俺は、

新橋の駅前に立っていた。

スーツ姿の大人たちが吐き出される改札の外、

ネオンと排気ガスと酒の匂いが渦を巻く烏森口。

「お兄さん、ちょっと寄っていきませんか」

声はもう、半ば反射だった。

誰に教わったわけでもない。

生きるために覚えた“言葉”だった。

誘うのは大人の世界。

けれど、立っている俺はまだ制服も脱ぎきれない年齢だった。

警察の影を気にしながら、

同業の年上たちと目配せしながら、

俺はただ“その夜”をやり過ごすために立っていた。

昼間は学生、

夜は街の部品。

大人にもなりきれず、

子供にも戻れない。

宙ぶらりんの場所に、俺はいた。

その日も、いつもと同じ平日だった。

最初は、笑い声が溢れていた。

仕事を終えたサラリーマンたちが、

ネクタイを緩め、無防備な顔で街に流れ込む。

誰かが酔って肩を抱き、

誰かが愚痴をこぼし、

誰かが今日の勝ちと負けを語る。

だけど、終電の時間が近づくにつれ、

街は少しずつ“夢”をしまい始める。

一本、また一本と、

人の流れが消えていく。

シャッターの閉まる音が、

やけに大きく響くようになった頃――

烏森口は、まるで嘘のように静かになった。

残っているのは、

まだ帰れない人間と、

もう帰る場所のない人間だけ。

街灯に照らされたアスファルトだけが、

白く、冷たく光っていた。

その夜、俺は――

十七歳になった。

誰にも言わなかった。

祝ってくれる相手も、特別な場所もなかった。

スマホの画面に、

日付が変わった表示が出るのを、

ただぼんやりと眺めていた。

「十七歳、か……」

声に出してみたけれど、

実感はまるでなかった。

大人に一歩近づいたのか、

それとも、ただ一歩遠ざかっただけなのか。

誰も教えてくれない。

街は静まり返り、

風だけが、俺の足元をすり抜けていく。

その瞬間、ふと、胸の奥に奇妙な感情が湧いた。

――俺は、どこへ向かっているんだろう。

怖さとも、期待ともつかない、

名前のつかない感情だった。

十六の俺は、

未来のことなど考えられなかった。

今日をどう生き延びるか。

それだけで、精一杯だった。

けれど、

この“十七に変わる夜”だけは、

なぜか違っていた。

誰もいない駅前で、

俺は初めて、

「このままじゃ、終われない」

そう、小さく思った。

理由なんてなかった。

希望も、根拠もなかった。

ただ、

この暗い駅前で年を重ねていく自分だけは、

なぜか許せなかった。

やがて、始発前の白んだ空が、

ビルの隙間から滲み始めた。

夜と朝の境目。

街が再び、

“真面目な顔”に戻っていく時間。

その薄い朝焼けの中で、

俺はそっと、深く息を吸った。

十七歳の最初の呼吸だった。

この夜に、誰も拍手をくれなかった。

ケーキも、プレゼントもなかった。

けれど確かに――

俺は、この街で、年を一つ重ねた。

それが、

俺の「物語の始まり」だった。